地域別事例紹介

山口県田布施町           

 

   

●浜を元気にする人

山口県漁業協同組合田布施支店 青年部長 濱田秀樹さん
新鮮田布施のメンバーの皆さん  
山口漁協同組合田布施支店  親方役のベテラン漁師の皆さん
山口漁協同組合田布施支店  支店長 古川由美子さん
山口県柳井水産事務所普及振興班 主任技師 松竹直也さん

田布施の浜が元気な理由
1 .新規就業する若い漁師を受け入れる土壌
2 .新鮮田布施の奥さんたちの頑張り

▼売り切れ続出!昼市の賑わい

 瀬戸内海に面した小さくて静かな漁港。普段は人通りもほとんどない田布施漁港が毎週土曜日の3時になると地元や近隣から集まった買い物客の熱気で、まるでバーゲンセールのような騒がしさに包まれる。お客のお目当ては新鮮な鮮魚や加工品。昼市開始から10分以内で完売してしまうほどの大人気だ。昼市を主催しているのは「新鮮田布施」というグループ。ベテラン漁師夫婦と新規就業した若い漁師夫婦や親子5組がメンバーだ。


 「新鮮田布施」の成功には山口県が山口県漁業協同組合と協力して行っているニューフィッシャー(以下、NF)確保育成推進事業が大きく関わっている。この事業により田布施支店では平成11年~25年の間に6名のNFを受け入れてきた。ほとんどが県外からのIターン組だ。組合のベテラン漁師が師匠(親方)役となって2年間の研修が行われ漁師の卵が生まれる。その一人濱田秀樹さんにスポットを当ててみよう。


▼大阪の優秀なサラリーマンが漁師になる

 転機は12年前。濱田さんは大阪出身の大阪の企業に勤めるサラリーマン。奥さんと子供2人の4人暮らし。若干27歳の良きパパは仕事ぶりが認められ本人曰くかなりの給料を貰っていた。しかし、帰宅はいつも11時すぎ、子供の顔も見られない。将来に不安を感じるようになっていた濱田さんは、近所で起きた児童殺傷事件で転職を決意。NF事業に申込み田布施へ引越した。


 漁業は全くの素人の濱田さん、受け入れてもらえるか若干の心配があった。しかし、2年前からNFの先輩が入っていたため、田布施のベテラン漁師さんたちの受け入れはとてもスムーズだった。たくさんのことを師匠役のベテラン漁師さんから教わった。田布施には師匠役を引き受けるベテラン漁師が何人もいる。一人立ち後は小舟で地回りの漁業を行った。これでは家族を養えない。沖合で漁業をする漁師から教わりながら中古船を購入して底引き漁を始める。しかし魚価の低迷と燃料費の高騰で生活は楽にならない。そんな時期に「新鮮田布施」設立に加わらないかという誘いがあった。


▼古くて新しい協業システムと後継者

 「新鮮田布施」は法人ではなく各家族が集まった協業体。自分のとった魚を家族が加工して販売することを特色としている。働けば働くほど収入が増えるシステムだ。不満の出ない利益配分のための会計システムは、濱田さんのサラリーマン時代のパソコンの知識が役立った。それによって漁協の加工施設の使用許可が下り「新鮮田布施」がスタートした。販売先はスタート前から要望のあった田布施地域交流館。隣町の酒屋さんの駐車場での移動販売も始まった。そして加工所前での昼市。新鮮な鮮魚と加工品の良さはクチコミで広まった。特に昼市は新聞とテレビに取り上げられて人気が爆発した。 「新鮮田布施」の成功は女性たちの力が大きい。漁を終えて帰港すると夫婦で市場へ出荷する魚と加工向けの魚に仕分ける。妻はその魚を加工施設に持ち込んで、鮮魚で出せるものは朝一番に下ごしらえを始め、パック詰めをする。フライなどの加工品は、昼間に作業して翌日に販売する。交流館への納品や、移動販売、昼市は女性たちの仕事だ。都会暮らしの濱田さんの奥さんも、ベテラン漁師の奥さんの指導で魚の捌き方などをマスターし、子供たちの世話をしながら、朝早くから夜まで頑張って働いている。 濱田家は夫婦が頑張ったおかげで、サラリーマン時代と同程度の年収を確保している。  濱田さんは今、2人のベテラン漁師と共に、半年前にNFとして田布施に来た埼玉県出身の若者の師匠役をしている。彼が結婚して田布施で漁業を続けていくことを夢見て。

 

参考資料

未利用魚加工で魚価低迷に倍返し!!

 (第19回全国青年・女性漁業者交流大会資料より)